誰もがエンジェル投資家になれる、“新しい株式投資のかたち”とは
2022-12-16 NewsPicks Brand Design
非上場企業への投資は、ベンチャーキャピタルや一部の資産家だけのもの──。最近まで当たり前に受け入れられていたこの常識がここ数年で、覆されようとしている。
特にその変化が著しいのが「エンジェル投資」の領域だ。
非上場の企業に個人で投資するエンジェル投資。従来は、起業家とのコネクションやまとまった資金がなければ投資できなかったが、最近はクラウドファンディングの仕組みで多様なスタートアップなどに少額投資できるサービスが生まれている。
こうした新しいサービスが普及することで起きる「投資の民主化」とは何か。そして、エンジェル投資が身近になることで社会にどのような変化が起きるのか。
株式投資型クラウドファンディング(以下、株式投資型CF)を手掛けるイークラウド代表の波多江直彦氏と、これまで60社超の会社にエンジェル投資をおこなってきた兼業投資家の坂本達夫氏に、エンジェル投資の魅力を語ってもらった。
エンジェル投資は「推し活」
──そもそも「エンジェル投資」とはどんな投資なのでしょう。単語は聞いたことがありますが、一部のお金持ちだけしか関わりのないもの、というイメージです。
波多江 エンジェル投資をわかりやすくたとえるなら、ドラゴンボールの「元気玉」なんですよ。
そもそも、エンジェル投資はスタートアップ企業の資金調達方法の一つです。個人投資家が非上場の企業に対して直接出資し、見返りとして会社の株式を受け取ります。
たしかに、これまではエンジェル投資をするのに、個人的なコネクションや、数百万円単位の資金が必要だったので、参加できるのは一部の投資家や経営者だけに限られていたんです。
しかし近年はエンジェル税制(※)やエンジェル投資をしたい投資家とスタートアップ企業をつなぐ仕組みが整ってきたことから参加のハードルがグッと下がっています。
※税制の対象となるスタートアップ企業へ投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇を行う制度のこと。投資した年に所得税の優遇措置を、株式を売却して損失が発生した場合に所得税および住民税の優遇措置を受けることができる。
そうした背景もあり、助成金や借入れ、ベンチャーキャピタル(VC)といった、従来の資金調達手段ではなく、個人投資家が少しずつ元気(=お金)を持ち寄り、スタートアップは元気玉を使って課題に立ち向かっていく。そんな形で資金調達を行うケースが増えてきているのです。
そして私があえて「元気玉」とたとえたのにはもう一つの意味があって。エンジェル投資の本質は「応援」にあり、ここが上場株式投資などと比較して面白いポイントなんです。
投資家も当然、将来的なリターンに期待して投資するわけですが、根っこの部分でエンジェル投資は地下アイドルやインディーズバンドを応援するような「推し活」の感覚に似ています。
自分の“推し”の起業家や会社が世の中で花開いていく過程を応援し楽しむ、そんな要素もあると思っています。
坂本 その感覚、すごくわかります。僕もこれまでに個人で60社ほどエンジェル投資を行ってきましたが、正直、金銭的にリターンを厳密に追ってもあまり意味がないんです。
エンジェル投資のリターンといえばIPO(上場)かM&A(事業売却)がメインですが、ここまでステージを進められる企業は限られていますし、その時期を見通すのも難しい。
だったらなぜエンジェル投資をやるのか。その理由は「頑張っている起業家を応援できるから」なんです。
投資ではあるけれど、感覚的にはスポーツチームの応援に近いですね。
スポーツの試合って、単純な確率でいえば50%で負けるのがわかっているのにお金を払って観に行きますよね。それって「応援できる現場にいられること」自体が楽しいわけですよ。
投資先を「頑張れ、頑張れ!」と応援して、ときどき失敗することもあるんですけど、それも含め、身銭を切っているからこそ企業の成長を「自分ごと」として最前列の席で見守りたくなる。
個人的にはエンジェル投資の醍醐味はここにあると思います。
波多江 投資のリターンというと金銭的なもの以外にないと考えられがちですが、そうではない、と。
坂本 はい。
人間の脳を解析して幸福感のメカニズムを研究したレポートによれば、いい車を買う、高い時計を買うといった自分を幸せにするための行動は、一瞬幸福度が上がり、その後、すぐに落ちてしまうそうなんです。
一方、人のために、人を幸せにしようと思って行動すると、同じように幸福度が上がり、しかも、なかなか落ちないのだそう。
個人が投資する小さい金額でも、自分が投じた資金が企業成長の役に立っていると考えると満足度が高まりますし、社会に貢献している実感も得られます。
また、エンジェル投資をすることで、今、まさに成長している企業の“リアル”を最前線で見られます。これは企業に勤めていると経験できないことですし、MBAを学ぶのと同じくらいの価値があると思います。
その観点でいえば、私のようなビジネスパーソンこそエンジェル投資をやる価値があるでしょうね。
もちろん、投資先の会社がIPOやM&Aによってイグジットし、金銭的に大きなリターンを得られるのが理想です。しかし、10年ほどエンジェル投資をやってきましたが、幸福度や学びの観点では正直、すでに投資資金以上のリターンを得ているなと感じています。
投資先に“惚れてもいい”のがエンジェル投資
──株式投資の世界には、バイアスがかかって損失につながる判断ミスを防ぐために「銘柄に惚れるな」という名言があります。エンジェル投資はその逆ですね。
波多江 そうですね。上場株は市場での流動性があるので自分のタイミングで売れますし、短期売買もできます。
しかし、非上場企業への投資は3年から5年、長い場合は10年くらいのスパンでの付き合いが前提です。そこまで長く付き合っていける自信がない場合は、誤解を恐れずにいえば、その会社にはエンジェル投資をしない方が良いともいえます。
坂本 その通りですね。僕も全ての投資先について10年付き合っていく覚悟をしています。
波多江 上場株は持ち株が下がった時に批判する人もいますし、株価が値下がることで利益を出す「空売り」をする人もいるのですが、エンジェル投資は投資家みんなが企業価値の向上を目指しているという点にも違いを感じます。
同じ時期に投資した100人とか200人の投資仲間がコミュニティとして集うような温かさも、エンジェル投資ならではの特徴だと思います。
その意味で、エンジェル投資は株式のルーツと言われている東インド会社と共通点があるなと実感しています。
現在の投資は高度化されて証券市場になっていますが、もともとはアジアに行ってコショウをとってくるための船を造るお金を大勢の人から集めたところからスタートしています。
「危険な航海を経て黒コショウを持ってきますので一口応援してもらえませんか?」という人がいて、彼らを応援する人がいたわけです。
坂本 先ほどの「銘柄に惚れるな」ではありませんが、経済学者のケインズが言ったように株式市場は美人投票(※)の要素があり、人気度、注目度が低い株はお金が全然集まりません。しかし昨今、株式投資型CFのようなサービスも出てきています。
※株式を購入する意思決定において、自分がいいと思うかどうかよりも、みんながいいと思っている株が買われやすい傾向を示した言葉。
こうした仕組みが広まっていけば、まさに東インド会社のように「私も一口乗りたい」という個人の資金が集まることで、これまで注目されていなかった企業にもお金が回る可能性は大いにあるでしょう。
波多江 私の前職はVCで、大手の金融機関などから集めた資金をスタートアップなどに投資する仕事をしていました。
その過程で、個人にも非上場企業への投資機会を開放すれば、スタートアップの成長促進につながり、投資家はリターンを狙う機会が増え、さらには若い会社の成長によって社会全体が元気になるのではないかと思ってイークラウドを立ち上げたんです。
坂本 波多江さんの視点がユニークなのは、VCでありながら個人投資家のニーズも見ていたところですよね。
VCとエンジェル投資家は、投資先企業に成長してもらいたいという思いは同じですが、投資先の株を分け合うという点では競合する存在でもありますから。
波多江 実際、競合する場面はあると思います。ただ、若い会社の成長を支えていくためには投資の総量を増やしていく必要があります。
日本のスタートアップ投資の規模はようやく1兆円が見えてきたところですが、米国は何十兆円というレベルです。この状態ではグローバルの戦いには勝てないでしょう。
一方で、日本には個人保有の金融資産が2,000兆円あるといわれます。このお金がちょっとでもエンジェル投資に向かうだけでも、大きなインパクトになるだろうと考えたのです。
VCによってはこの分野には投資しないといった方針がありますが、一方のエンジェル投資は、個人が「面白そうだ」「応援したい」と思えるかどうかが投資基準です。
その意味で、VCが目を向けていない新しい技術やサービスにも投資資金が向かいますし、そういった技術などの社会実装が進み、世の中で花開くこともあります。
いろいろな人が参加することで多様な意思決定が生まれ、貯蓄ではなく投資に回るお金が世の中に増えていくのです。
プラットフォーマーである僕たちは、エンジェル投資に参加する個人を増やすことによって市場の隙間を埋める資金を生み出せると思っています。
普及のカギは「納得感」
──坂本さんにお聞きしたいのですが、環境さえ整えば「エンジェル投資をしたい」と考えている人は多いのでしょうか?
坂本 かなりいると思いますよ。実際、僕がエンジェル投資を始めたころにFacebookで「エンジェル投資を一緒にやりたい人いますか?」と呼びかけたところ、200件ものコメントが付きました。
「そんなにいたの?」と驚くとともに、投資機会がないだけで、機会があれば投資したいと思っている個人がたくさんいると感じました。
波多江 イークラウドのプラットフォームに登録している投資家も、その多くが会社員の方ですが、余裕資金で新しい事業に関わりたい、後進の応援のためにエンジェル投資をしたい人は一定数います。
そして、いわゆる「スタートアップ村」以外のそういった方々に参入してもらうために必要なのが「納得感」だと思っています。
株式投資型CFをはじめとしたエンジェル投資は単純にリスク・リターンの観点で見ると「ハイリスク・ハイリターン」な投資です。
投資した企業が将来的にIPOやM&Aができれば大きなリターンが得られる可能性もありますが、投資資金がゼロになるリスクも当然あるわけです。
そうした条件下で、10万円や20万円といった資金を投じ、投資先の事業が失敗したとしても起業家が投資家に「ナイスチャレンジ!」と言ってもらうためにはどうすればいいか。
非上場企業は一般に出回る情報量が少ないですし、投資家サイドも全員が坂本さんのように「目利き」ができるわけではない。
であれば、リスクを承知で資産を入れてくれている投資家の皆さんが「納得」できるよう、プラットフォームのサポートは一定必須だと考えています。
実際に、イークラウドではVC出身者や急成長ベンチャーで活躍してきたメンバーが厳選した投資先を案内していますし、ヒアリングをもとにしっかりとビジネスモデルや事業内容について知っていただく機会を設けています。
イークラウドが提供する投資案件の例。投資家はプロの「目利き」によって厳選されたプロジェクトから投資先を選択できる。
そうすることで、せっかくリスクをとっていただいた投資家の皆さんに、応援を通じた気持ちや学びの満足感と、投資した会社のイグジットで得られる金銭的なリターンの両方を提供できる環境を整えていきたいと思っています。
挑戦者と応援者が社会課題を解決する
──株式投資型CFの普及した先に、社会はどう変わると考えていますか?
坂本 少額で投資できる仕組みが普及すれば、「投資の民主化」がより進むでしょうね。
僕の投資額は1社あたり数十万円で、多くても200万円ほどです。これはエンジェル投資としては少額で、周りからは「少額なのにどうして出資させてもらえるの?」と聞かれることも多々あります。
普通はある程度のまとまったお金がないとエンジェル投資家の入り口に立たせてもらえません。反対にスタートアップ側から見ても、投資家の数が増えると手間も増える。実は、必ずしも多くの人に投資してもらうことが望ましいわけではないんです。
そこをイークラウドさんのようなプラットフォームが間を取り持つことで、投資家と企業がお互いにこれまで関わりのなかった資本にアクセスできるようになるでしょう。
それが実現できた先、スタートアップエコシステムに与える影響は計り知れないでしょうね。VC以外からも資金調達できる環境が整うことで、社会を変革する企業が世の中により出やすくなるはずです。
また、もうひとつ期待したいのは、金融教育とのつながりです。若者向けの金融教育には起業体験プログラムなどがありますが、自分で起業するのはハードルが高いと思っています。
その点、スタートアップへの投資という目線なら身近に感じられますし、株式投資型CFのサイトを見て「こんなことに挑戦している人がいるんだ」「自分も応援したい」と感じることが、イノベーションに触れるきっかけになると思います。
波多江 起業・転職以外のスタートアップとの接点を、エンジェル投資で広げていけると面白いですよね。
イークラウドがビジョンに掲げる「理想の未来に挑戦できる社会」を実現していくためには、起業家さんと投資家さん、どちらが欠けても成り立ちません。
理想の未来を信じる人たちが集まる強いプラットフォームになり、社会課題を解決していく企業に向けて続々と“元気玉”を送り出していく。そんな社会を実現していきたいと思っています。
文:伊達直太 撮影:小池彩子
デザイン:久須美はるな 編集:中野佑也、中道薫